普通という言葉が嫌いだった


こんにちは、てるです。

ぼくは昔から普通という言葉が嫌いでした。ただ、普通という言葉全てが嫌いという訳ではなく、程度が普通というのは全然OKです。もちろん、普通より優れていたらうれしいけども。

ぼくが普通という言葉で嫌いだと感じるのは、「普通」=「常識」という使い方です。

「普通はこうするよね」「普通はこうだよね」と、あたかも、常識外れ異常だとでも言うように、責められた気持ちになります。

こういう使い方は、人間関係を壊す原因になりかねませんよね。

こんな嫌い嫌い言ってますが、僕も使ってしまっていたことがあります・・・(笑)

ということで、今回は「普通」=「常識」という使い方が招く悪影響と、これをどう直していくかを書いていきます。

悪影響

「普通はこうだよ」と言うとき、どんな気持ちで言うのでしょうか?

「こうでなければならない」「こうあるべき」ということからズレている、だから正したほうがいい、とアドバイスのつもりかもしれません。正義感からかもしれません。

または、自分の正当性を確立するために、他人を糾弾しているのかもしれません。

いずれにせよ、言われたほうは良い気分はしません。話を聞いてくれないと感じるかもしれません。きっとで信頼し合う関係にはならないでしょう。良好な人間関係を築くことは難しいと思います。

また、周囲の人が意見してくれることも少なくなり、自分の意見は反対されない→「自分は正しいんだ」というマインドを強化することに繋がり、他人をより卑下するようになるかもしれません。

なんか、大げさかもしれませんが、良くはないと思います。

どう直すか?

多用な価値観を認める

まずは、人の価値観は様々で多種多様な人がいることを知ってください。そして、自分の普通は他人とっては非常識である可能性があること忘れないでください。

「普通」=「自分の価値観」だと思うことで、相手の価値観も尊重できるようになると思います。

言い方を変える

「普通はこうでしょ」をある言い方に変えると、嫌な感じがなくなります。

それは、「私はこう思う」です。あくまでも、自分はこう思うと言ってください。相手の意見が違うというのではなく、自分の意見はこういう意見だと主張することです。

間違っても、「僕はあなたの意見がおかしいと思う」というような言い方はしないでください。

また、相手の意見を聞くときに「あなたはこう思うんだ」と思うことで、自分と相手を切り離して考えることができるため、より柔軟に考えることができるようになると思います。

良い事いっぱい

言い方を変えたら良い事がたくさんあると思います。

信頼される

周囲の人が、頭から否定されないということがわかれば、話をしてくれるようになると思います。そして、話の回数が増えれば自然と以前より良好な信頼関係を築くことができると思います。

多くの価値観に出会える

信頼関係を築いた結果、本音で話すことができるようになると思います。そうなると、自分以外の多種多様な価値観に触れることになります。これは、新たな自分との出会いに繋がるかもしれません。物事の捉え方が、多角的になり、視野が広がるかもしれません。

人として成長することは間違いないでしょう。

個性の発見

他人の価値観に触れていくなかで、自分と他人の違いも顕著になっていくと思います。その結果、自分の個性や良さに気づくことになるでしょう。自分をより好きになれるかもしれません。

こんなにたくさん良い事があると思います。

最後に

今回は普通という言葉に着目しましたが、他にも

  • 「あたりまえ」
  • 「常識」
  • 「そんなこと」

などなど自分の普通を、さも当たり前でこれができない、わからないやつはおかしいとでも言うように使われる場合がある言葉があります。

よかったら、自分の言葉遣いに関して、考えてみてはいかがでしょうか。

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